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東京高等裁判所 平成5年(ネ)4350号 判決

第四八〇七号事件控訴人兼第四三五〇号事件被控訴人

(以下、控訴人という。)

佐藤勝

右訴訟代理人弁護士

小島周一

芳野直子

第四八〇七号事件被控訴人(以下、被控訴人東鉄工業という。)

東鉄工業株式会社

右代表者代表取締役

田中和夫

右訴訟代理人弁護士

吉永満夫

第四八〇七号事件被控訴人兼第四三五〇号事件控訴人

(以下、被控訴人相武軌道という。)

有限会社相武軌道

右代表者代表取締役

武貴紀

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して、一三二二万九〇六三円及び内金一二〇二万九〇六三円に対する昭和六三年九月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、第二審を通じ三分し、その二を控訴人の、その一を被控訴人らの負担とする。

三  この判決は、一1に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

(第四八〇七号事件)

一  控訴人

1 原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人らは、控訴人に対し、各自金三七九三万六二五五円及び内金三四四三万六二五五円に対する昭和六三年九月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

二  被控訴人ら

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

(第四三五〇号事件)

一  被控訴人相武軌道

1 原判決中、被控訴人相武軌道敗訴部分を取り消す。

2 控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

二  控訴人

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は被控訴人相武軌道の負担とする。

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決三枚目表九行目以下を次のとおり改めるほかは原判決と同じである。

「二 争点

1  被控訴人東鉄工業の責任

(一)  被控訴人東鉄工業の担当者が、昭和六三年九月一日午後一一時頃から翌二日午前三時三〇分ころまで静岡県沼津市内の東海道新幹線の軌道敷内で行われた被控訴人東鉄工業の夜間鉄道保守作業において、作業終了後のワゴン車運転の担当者である奈良敏造について、労務軽減の措置をとらなかったことが、同人の疲労蓄積による居眠り運転の原因となり、本件事故による控訴人の受傷につながったか(因果関係)。

(二)  被控訴人東鉄工業は、作業終了後のワゴン車運転の担当者である奈良敏造について、労務を軽減する義務があったか(義務違反の有無)。

2  控訴人の過失

本件事故当時の控訴人の乗車姿勢が控訴人の受傷を大きくした過失があるか(過失相殺)。

3  損害

(一)  控訴人の稼働状況からみた逸失利益はいかに算定すべきか。

(二)  控訴人が受領した搭乗者保険金は、損害の填補となるか。」

第三  判断

一  労務軽減の措置をとらなかったことと事故との因果関係

証拠(甲第二八号証、乙第一号証の七、八、二三、二五、二九、三〇、三四、原審証人加藤恒夫、当審被控訴人相武軌道代表者、原審及び当審控訴人)及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人東鉄工業は、資本金二八億一〇〇〇万円、土木、建築、線路並びに電気工事の施工等の事業を目的とする会社である。

2  被控訴人相武軌道は、資本金二〇〇万円で、昭和六三年五月六日武喜明が設立した会社であり、新聞広告等で募集した従業員を宿舎に寝起きさせ、被控訴人東鉄工業の注文に応じて、鉄道保守作業に派遣従事させていた。

3  被控訴人東鉄工業の鉄道保守作業は、昼夜二作業に別れ、昼間作業は午前八時二〇分ころ宿舎を出発し、午前九時ころから午後二時三〇分ころまで作業に従事し、夜間作業は午後一〇時ころ宿舎を出発し、午後一一時ないし翌日午前〇時ころから翌日の午前四時ころまで作業に従事し、午前五時ころ宿舎に到達していた。

したがって、夜間作業と昼間作業との間は仮眠程度しかできず、睡眠は昼間作業と夜間作業との間でするほかない状況にあった。

4  奈良敏造は、昼間作業として、昭和六三年九月一日午前九時ころから同日午後二時三〇分ころまで東海道本線の丹那トンネル内で一輪車を使用して砕石を運ぶ等の道床交換の作業に従事したのち、熱海市伊豆山の宿舎で午後三時三〇分ころから約四時間ほど仮眠をとり(但し、当時は夏期で冷房もなく暑くて寝れない状況であった。)、午後九時ころ起床し、午後一〇時ころ宿舎を出発して、夜間作業として同月一日午後一一時ころから同月二日の午前三時三〇分ころまで静岡県沼津市内の新幹線の軌道のレール交換の作業に従事した。この際、被控訴人東鉄工業の現場責任者は、奈良について労務軽減の措置をとらなかった。

5  奈良は、右夜間作業の終了後、控訴人ほか六名を被控訴人相武軌道の所有する本件車両(八人乗りワゴン車)に乗せて、熱海市伊豆山の宿舎に戻ることになった。しかし、このとき奈良は、自身疲れを覚える状態であり、できれば運転を他の者と交替したいと思ったが、他の者は入社したばかりの者だけであったので、そのまま自ら運転をして帰ることとした。

そして、沼津市内の作業現場から三島市内の三嶋大杜前へ至ったとき、奈良は、疲れと眠気を覚えたため、コンビニエンスストアーでコーヒーとサンドイッチを食べて休憩した。しかし、そこから再び奈良が運転して宿舎に向かう途中、午前四時四〇分ころ熱海駅前付近で居眠り運転により道路外の街路灯や立木に激突するという本件事故を起こし、奈良を除く乗員七名(控訴人を含む。)が負傷して入院した。

6  奈良は、平成元年八月ころまでは、警察等に対し、本件事故の原因を脇見運転であると述べていたが、不自然な点が多かったため、警察が実況見分をやり直して説明を求めたところ、奈良が長時間労働による仕事の疲れから居眠りをしたことを認めるに至ったため、警察も送致事実を脇見運転による事故から居眠り運転による事故に変更した。

右に認定したところによれば、被控訴人東鉄工業の現場責任者が、昼夜とも鉄道保守作業に従事し、作業終了後ワゴン車運転を担当する奈良敏造について、労務軽減の措置をとらなかったことが、同人の疲労蓄積による居眠り運転の原因となり、本件事故による控訴人の受傷につながったものであって、労務軽減の措置をとらなかったことと本件事故との間には、因果関係があるものと認められる。

二  労務軽減の義務の有無

証拠(甲第二八号証、乙第一号証の七、八、二三、二五、二九、三〇、三四、原審証人加藤恒夫、当審被控訴人相武軌道代表者、原審及び当審控訴人)及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

1 被控訴人相武軌道は、神奈川県秦野市平沢の自宅を事務所とし、静岡県三島市若松町に工事事務所、同県熱海市伊豆山八一七番地の二(土地はJR東海の所有で建物は双葉鉄道建設の所有)に従業員の宿舎を有していたが、会社自身が所有する不動産はなく、本件車両(ワゴン車)とトラックを所有しているのみで、預金は一五〇万円程度であり、専属の事務員はおらず賄い婦が一人いるのみであった。

被控訴人相武軌道の受注先は被控訴人東鉄工業のみであり、他の会社から受注したことはない。

2 そして、鉄道保守作業の作業現場においては、被控訴人相武軌道の従業員は、被控訴人東鉄工業の指示で作業をし、被控訴人相武軌道が指示をすることはなく、作業現場での工具等の準備も全て被控訴人東鉄工業が行い、被控訴人相武軌道等がすることはなかった。

3 被控訴人相武軌道の従業員は、昼夜とも鉄道保守作業につくことが多く、夜間作業が終了するときは疲労が蓄積しているが、未だ鉄道、バス等の交通機関が動いていない時間帯であって、従業員が作業現場から宿舎に帰るについては従業員のうちの一人がワゴン車を運転するほかない状況にあったので、被控訴人東鉄工業と被控訴人相武軌道との間では、作業終了後ワゴン車の運転を担当する従業員については、被控訴人相武軌道からの申し入れにより被控訴人東鉄工業において危険防止のため休ませるなど労務を軽減するという合意ができており、被控訴人相武軌道の武喜明は、被控訴人東鉄工業の高橋課長に対し、日頃から運転を担当する従業員については作業の軽減、作業時間の短縮をしてくれるよう申し入れていた。

4 本件事故が発生した九月二日当日を含むそれ以前の約一週間は、作業現場には被控訴人相武軌道の代表者や実質的な経営者である武喜明らは立ち会っておらず、被控訴人相武軌道側の実質的責任者はワゴン車の運転手を兼ねる奈良のみであった。

5 そして、被控訴人東鉄工業の現場責任者は、奈良が昼夜連続で鉄道保守作業に従事し疲労の蓄積があることを認識できたものであり、また、奈良が作業終了後ワゴン車運転を担当する者として予定されており、同人の労務を軽減しておかないと、帰路の運転に危険が生じることを認識することができた。

右に認定した事実によると、被控訴人東鉄工業の作業現場では、被控訴人相武軌道の従業員は、直接東鉄工業の指揮監督を受けており、作業終了時刻等の関係から作業に従事した者の運転で帰路につくほかなく、その者に作業による疲労が蓄積し運転に危険が生じると、作業に従事した他の従業員の生命身体にも危険の及ぶことから、被控訴人東鉄工業はこれら従業員の実質的な使用者として、作業に起因する帰路の危険が生じないよう配慮すべき立場にあったものと認められる。ところが、被控訴人東鉄工業は、昼夜作業の作業時間の設定において、夜間作業と昼間作業との間の休憩時間を殆どおかず、昼間作業と夜間作業との間に設定される睡眠時間も余裕のあるものではなかったし、設定される作業の内容自体も体力を要する重労働であったから、従業員に疲労が蓄積する可能性は充分にあったもので、昼夜連続して作業に従事する従業員が、作業終了後運転手を兼ねる場合においては、疲労により居眠り運転に陥る危険性があり、その危険性を予測して被控訴人東鉄工業と被控訴人相武軌道との間で運転手の労務の軽減をする旨の合意ができていたにもかかわらず、作業終了後運転を担当する予定である奈良が昼夜連続して作業に従事していることを認識し得、被控訴人相武軌道の奈良自身から自分の作業を軽減するような申し入れがあることは期待できない状況にあったのに、被控訴人東鉄工業の現場責任者は、奈良の作業を軽減しあるいは休ませる等して、同人に疲労が蓄積し宿舎までの運転業務に支障が生じないよう配慮することがなかったものである。このように、被控訴人東鉄工業には、危険防止のために奈良の労務を軽減すべき義務があり、その義務の履行を怠ったものと評価せざるを得ない。

そして、右の労務を軽減しなかった義務違反と本件事故との間に因果関係が認められることは前述のとおりであるから、被控訴人東鉄工業は、本件事故により傷害を受けた控訴人に対して損害賠償の義務を免れないものである。

三  被控訴人相武軌道の責任及び控訴人の過失の有無

被控訴人相武軌道に運行供用者責任のあることは争いがなく、控訴人の過失は、これを認めるに足りる証拠はない。

四  損害

1  休業損害六五二万四八一六円

原判決の理由説示のとおりである。

2  逸失利益

一〇七〇万三一〇六円

証拠(甲第一、二号証、第二八号証)によると、控訴人は、被控訴人相武軌道には、本件事故の数日前である昭和六三年八月二九日に就職したばかりであり、それ以前の勤務状況も必ずしも安定したものではなかったことが認められる。それ故控訴人の収入は原判決の採用した賃金センサスの金額の八割の収入と認めるのが相当であり(それ以外の数値については原判決のとおり)、控訴人の逸失利益は次の計算のとおり一〇七〇万三一〇六円となる。

1337万8883×0.8=1070万3106

3  慰謝料 三〇〇万円

原判決の理由に加えて、後記のとおり搭乗者保険が支払われていることを考慮して、入通院慰謝料一〇〇万円、後遺症慰謝料二〇〇万円と認めるのが相当である。

4  付添看護費一三万六〇〇〇円

原判決の理由説示のとおりである。

5  入院雑費 二一万七二〇〇円

原判決の理由説示のとおりである。

6  交通費 二三万三〇〇〇円

原判決の理由説示のとおりである。

7  損害の填補

八七八万五〇五九円

自賠責保険三三七万四〇〇〇円、労災保険五四一万一〇五九円の合計である。

証拠(甲第二八号証、丙第一ないし第三号証)及び弁論の全趣旨によると、被控訴人相武軌道が保険料を負担している搭乗者保険として合計四〇三万円が控訴人に対し支払われていることが認められ、被控訴人らは、右金額を損害額から控除すべきであると主張するので判断する。

搭乗者保険金は、被保険自動車に搭乗中の者が外来の事故により傷害を被ったときに約定に従い搭乗者に支払われるものである。保険金が加害者に不法行為責任が生ずるか否かを問わず支払われること及び金額が定額化されていることからすると、その法的性質は贈与ないし見舞金であると考えられる。もっとも、このように贈与ないし見舞金と見るのは、搭乗者が保険契約者と一定の身分関係にあり、搭乗者から被保険自動車の運転者や保有者に対し不法行為責任を問わない場合が多いことを念頭においた見解であり、被保険者が運転者や保有者に対して有する損害賠償請求権について保険会社が代位しないとの約定がなされているのも、そのような人的関係への配慮によるものと考えられる。そうすると、本件のように、被害者である搭乗者から車両の保有者に対し損害賠償請求をしている場合には、保有者自らの負担による保険料で搭乗者に相当高額な保険金が交付されるのであるから、それが何らかの形で損害の填補となることを保有者が期待するのは当然であり、また搭乗者にとっては予想外の利得となるのであるから、搭乗者保険の全額を被害者の損害から控除すべきではないとしても、損害の公平な分担という見地からみて、慰謝料の算定において考慮すべき事情とみるのが相当である。

8  弁護士費用 一二〇万円

訴訟難易度、認容額等から一二〇万円が相当と認める。

五  結論

以上によると、控訴人の本件事故による損害額合計は一三二二万九〇六三円となるから、被控訴人らは、控訴人に対し連帯して、右損害金一三二二万九〇六三円及び弁護士費用を除く内金一二〇二万九〇六三円に対する不法行為の日である昭和六三年九月二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原判決を右の趣旨に変更し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官杉山正士 裁判官山崎潮は転官のため署名押印できない。裁判長裁判官淺生重機)

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